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第608話 夏日 9-2

「じゃあ、北条先生お疲れ様」 「あ、お疲れ様です」  廊下から伸びる手に急かされ、僕は後ずさりするように廊下へと出る。北条先生は少し不思議な顔をしていたけれど、それでも小さく頭を下げてこちらへ笑みを返してくれた。 「佐樹さん」 「わかってる、帰ろう」  また急くように服の裾を引かれて、僕はふて腐れている藤堂のその手を握った。廊下で待たされていた藤堂はひと目で見てわかるほどにご機嫌斜めだった。ほんの数分のやりとりだというのに、まさかと思うがヤキモチを妬かれていたりするのだろうか。じっと瞳を見つめ返したら、ムッと目を細めた藤堂に腕を引かれた。 「わっ」  僕の腕を引いた手の力は思いのほか強くて、バランスを崩した僕は藤堂の胸にトンとぶつかりそのまま収まってしまった。慌てて身体を起こそうとするものの、藤堂の腕がそれを阻み許してくれなかった。 「藤堂っ」  小さな声で抗議をするが、それでも藤堂の手は緩まない。それどころか藤堂の唇が僕の頬に触れた。その感触に僕は息を飲んだ。 「……っ」  突然のことに対応できず目を見開き立ち尽くしていると、頬に触れた唇がほんの一瞬自分の唇を掠めていった。頬に触れるよりも唇に触れたそれが熱い気がして、僕はその熱に身動きできなくなってしまう。そしてそんな僕を見下ろし、藤堂はやけに嬉しそうに笑った。眩しいほどのその笑顔に、なにも言えず僕は藤堂のシャツを小さく握った。 「お前、ずるいよ」  怒るべき場面なのに、藤堂の笑みはそれさえ払拭してしまう。

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