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第609話 夏日 9-3
容易く翻弄されてしまう自分が情けないと思うけれど、藤堂の笑顔を見るだけで心は満たされてしまうのだ。怒る気もすっかり失せた僕は、藤堂の手を引き静かな廊下を歩き始めた。
沈み始めた夕陽の中、二人分の小さな足音が響く。そしてのんびりとした足取りで僕たちは校舎を抜けた。外へ出ると夏独特の夕暮れの熱気に包まれ、二人で夕陽の眩しさに目を細めた。
「佐樹さん」
駅までの道、手を繋いだまましばらく黙々と歩いていたが、ふいに手にしたままだったプリントを藤堂にさらわれた。
「ん? なに?」
そんな突然過ぎる行動の意味がわからなくて、僕は立ち止まり思わず首を傾げて藤堂を見上げてしまった。
「俺は最近、ますます欲深くなった気がします」
「え?」
呟くような小さな声が弱々しくて、心がちくりと針を刺されたみたいに痛んだ。また藤堂を不安にさせることをしてしまったのだろうか。そう思って手を伸ばし、プリントを掴むその手を握った。
「もしかして、まだ気にしてる?」
ほんの数秒だったが思考を巡らせて考えた。手の中にあるプリント、藤堂が思い悩むこと。思い浮かんだのは一つしかなくて、僕はまっすぐな視線を見つめ返した。
「気にしてないって言ったら嘘になります。ほんとは他人じゃなくて、佐樹さんから聞きたかった」
「……そう、だよな」
あの時、そしていま、藤堂の機嫌を損ねていた原因はこれだったのか。たった一枚のプリントだけれど、それには意味があった。プリントを僕に手渡した北条先生は写真部の顧問だ。そしてプリントに書かれているのは、夏休みの特別活動に関するもの。渉さんのこと。
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