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第610話 夏日 9-4
言い訳ばかりを考えて、僕はまだちゃんと藤堂に向き合って伝えていなかった。
「ごめん、でも渉さんとは本当になにもないから。ちゃんと話さなくて悪かった」
「わかっています。それに言い出せないような空気を作っていたのは俺です」
俯いた藤堂に差し出されたプリントを受け取ると、僕はそれを小さく折りたたんで鞄へとしまった。なんとなくこれがあると藤堂の気持ちが揺れたままになりそうだと思った。
「不安にさせて、ごめんな」
「謝らせたいわけじゃないんです。すみません、俺の我がままでしたね」
「そんなことは思ってない」
それどころか藤堂が気持ちをぶつけてくれるたびに僕は優越を感じてしまう。藤堂の特別である自分が嬉しくて、小さなヤキモチさえも僕を喜ばせる。けれどそれをうまく伝えられなくて、いつも不安にさせてしまう。
「藤堂、僕はお前が好きだよ」
こんなありきたりな言葉でしか表せないけれど、これが僕の精一杯の気持ちだ。この気持ちが僕のすべてで、それ以外見つからない。
僕の中の藤堂は世界で明るく瞬く一等星だと思う。なによりも輝いていて、そこに確かに存在している。だからいつだって僕の想いは藤堂にまっすぐと向かう。それ以外目に入らないんじゃないかと思えるくらいに。
「うん、ありがとう佐樹さん」
まっすぐに藤堂を見つめれば、僕の言葉を嬉しそうな顔で受け止めてくれた。
髪を梳いて頬を撫でる藤堂の手が優しくて、僕はゆっくりと目を閉じる。そしてそれが合図であるかのように僕の唇に口づけが落とされた。
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