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第612話 夏日 10-2
「そういえば、ずっと会ってなかったな」
夏休みに入ってから会うのは今日が初めてだ。ずっとメールだけのやりとりだったし、声を聞くのさえも久しぶりだ。そう思ったらなんだか急に藤堂がすごく愛おしくなった。
「佐樹さん、あんまり可愛い顔されると、どうしたらいいかわからなくなる」
「え?」
身を屈めた藤堂の顔が目の前に迫る。唇をかすめた感触に驚いて目を瞬かせれば、困ったように眉を寄せて藤堂は僕の目を覗き込む。
「これだけじゃ我慢できなくなるから」
「あ、えっと……か、帰ろう」
真剣な眼差しに言葉が詰まる。熱くなった頬を誤魔化すように俯いて、僕は繋いだ手を引いて歩き出した。我に返ったそこは夕闇に染まる道の途中だった。手を繋いでいたから人通りの少ない裏道を歩いていたけれど、近づき過ぎたかもしれない。ほんの少し挙動不審に辺りを見回し、誰もいないのを確認してほっと息をついた。
学校からはかなり離れているが、もう少し先へ行けば駅が近づく。そうすれば人通りは嫌でも多くなる。藤堂に言われてやっと気づくなんて、すぐに周りが見えなくなるのは僕も同じだなと、しみじみ思いながらも反省した。
「佐樹さん」
「ん?」
いつの間にか少し先を歩いていた藤堂の声に小さく首を傾げて応えれば、繋がれている手がきゅっと強く握られた。
「俺、夏は嫌いだったんですけど。佐樹さんのおかげで少しは好きになれるかもしれない」
「……うん、そうか」
なに気ないように呟かれた言葉だけれど、なぜだか軽い気持ちで受け止められなくて、ほんの少し言葉に詰まってしまった。
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