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第616話 夏日 11-2
そしてそれはどうやっても誤魔化しようがなくて、そわそわと落ち着きなく視線は泳いでしまう。けれどそんな僕を見つめる藤堂は、また小さく笑うとなんの躊躇いもなく僕の手を掴み改札へ足を向けた。
繋がれた藤堂の手は温かくて、胸がきゅっと締め付けられるような、言葉にならない想いが広がった。
「ただいま」
玄関扉を開けていつものように声をかけると、慌ただしい足音と共に廊下の先の扉が開いて母が顔を出す。いきなりの出迎えに目を瞬かせれば、母はお帰りなさいと笑う。
「どうしたんだ?」
「あのね、実は」
首を傾げる僕に話しかけようとした母は、僕の後ろから現れた藤堂に驚いたのか目を丸くして言葉を途切れさせた。けれど驚いたのはその一瞬だけで、小さく頭を下げた藤堂へ向かって母は満面の笑みを浮かべる。
「あらあら、優哉くんいらっしゃい」
「こんばんは」
よほど嬉しいのか、目の前に立つ僕のことなどそっちのけで、母は藤堂を部屋へ招き入れる。それを少しばかり不満に思いながらも、二人のあとを追い僕もリビングへ向かった。そして母に半ば強引に勧められるままソファに腰かけた藤堂を見て苦笑してしまう。
「あれ、母さんどこか行くの?」
ふいに足元にあった大きな鞄が目に留まる。不思議に思い首を傾げると、また母が慌ただしく近づいてくる。
「そうなの、佳奈が明後日帰ってくるっていうから家に帰ろうと思って」
「え? いまから? 明後日なら明日でもいいんじゃないの」
部屋の時計を見れば時刻は十九時をとうに過ぎていた。いまから帰るとなると実家につくのは二十一時を過ぎるだろう。なにもそんなに慌てて帰らなくてもと思ったが、驚きをあらわにする僕をよそに母は床に置かれた鞄を手にとった。
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