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第617話 夏日 11-3
「思い立ったが吉日って言うでしょ? それにしばらく家を空けていたからお掃除したいのよ。さっちゃんたちももうすぐ来るでしょ? 大掃除しなくちゃ」
「そっか」
いざことを決めるとすぐに行動に移す母を、ここで止めるのは無駄だろう。藤堂にまた今度ねと言って手を振る母を、僕は玄関先まで見送ることにした。
「夕飯はお鍋と冷蔵庫に入ってるから温めて食べてね」
「うん」
「あと、なにか荷物が届いてたから受け取っておいたから」
「わかった。気をつけて帰って」
笑みを浮かべて去っていった母を見送ると、しんとした静寂が広がる。踵を返してリビングの扉に手をかけたところで、ふといまの状況に気がついた。リビングにいるのは藤堂一人だ。予定外に二人きりになったことに気がついて、鼓動が少し早くなってくる。しかしいつまでもここに立っているわけには行かず、意を決して僕は扉を開けた。
「なんかバタバタしてごめんな」
「いえ、大丈夫ですよ」
こちらを振り返って笑う藤堂の表情にさらに鼓動を早めながら、僕は足早にキッチンへと足を向けた。鍋を火にかけて、冷蔵庫の中にいくつかある皿を眺め、温めが必要そうなものを電子レンジに入れる。
「なにか手伝いましょうか?」
「あ、ううん。大丈夫だ。すぐに用意できるから」
ふいに近くから聞こえてきた声に驚いて肩が跳ね上がってしまう。振り返ればカウンター越しにこちらを見ている藤堂の姿があった。挙動不審な僕に、少しばかり藤堂は不思議そうに首を傾げる。
やはりどうやっても久しぶりに会い、その声を聞いたいまは、些細なことにさえ敏感になってひどくうろたえてしまう。
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