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第618話 夏日 11-4
夕飯は既に出来あがったも同然の状態だったので、準備はあっという間だった。母はいつも作り置きをするので、料理が足りないと言うこともない。二人で食べるのに丁度いいくらいの量を皿に盛り付けて、食卓は十分に揃った。
「やっぱり佐樹さんのお母さんは料理が上手ですね」
「美味しい?」
「えぇ、とても」
テーブルを挟み向かい合わせに座った藤堂の顔を見つめると、ふっと幸せそうに微笑まれた。二人で皿や器に箸を伸ばし、時折言葉を交わしながらも黙々と食事をする。なんてことない静かなこの時間が穏やかで、ふいに口元が緩んでしまう。けれど刻々と過ぎていく時間に心が落ち着かなくもなる。
「バイト、忙しいんだろ。ちゃんと休んでるか」
「え? あ、はい。入れるだけいれてもらっているので週一ですけど」
「そっか、夏休みは学校の課題も多いし大変だよな」
多分きっと卒業したあとの学費などのために、バイトのシフトを詰め込んでいるのだろう。そして藤堂は学業も疎かにすることはない。ちゃんと食事をして、ちゃんと眠れているだろうか。
電話が来ないのは怒っているからではないかと思っていたが、きっとそこまで余裕がなかったのかもしれない。忙しい中で毎日メールをくれるだけでも、ありがたいことなのだと思わなければいけなかった。寂しがってばかりいて、藤堂のことをちゃんと考えてあげていなかった。
「明日はバイト何時から?」
「昼からです」
「そっか」
昼からならばもう少しゆっくりしていけるだろうか。できればもうしばらくこうして二人の時間を過ごしたい。あと一時間、あと三十分でもいい、藤堂の傍にいたい。
目の前の笑顔を見つめながら、そんな我がままを心の中にあふれさせてしまった。
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