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第620話 夏日 12-2

「あ、やば。しわになる」  抱きしめたそれは藤堂の寝間着替わりのTシャツとスウェットだ。休みの日にきちりとした格好をするのはやはり気分が上がらないものだから、以前泊まっていった時に部屋着と一緒に買い揃えたものだ。  藤堂が風呂に入っているあいだに着替えを置きに行こうと脱衣所の扉を開くと、水音が響くそこで低く鈍い音が聞こえた。鳴り止まない音を不思議に思いながらその音に近づくと、藤堂のデニムのポケットで携帯電話が震えていた。音は一向に止まないが、藤堂は風呂に入ったばかりだ。 「あ、止んだ」  どうしようか考えあぐねていると携帯電話はやっと鳴り止んだ。しかしほっと息を吐いて脱衣所をあとにした僕は、再び携帯電話が震えだしたことに気がつかなかった。 「藤堂なんか飲む?」  しばらくして風呂から上がってきた藤堂を振り返る。するとタオルで髪を拭きながら近づいてきた藤堂が、ソファに座っている僕の後ろに立った。後ろに立たれた理由がわからず顔を反らせて藤堂を見上げると、ふいに口先に唇が触れる。そして驚いて顔を赤くした僕を見て藤堂は満足げに笑い、僕が手にしていたマグカップをさらいそれに口をつけた。 「甘い」  マグカップに入ったものを一口飲み、藤堂はぽつりと呟く。マグカップに入っていたのはホットココアだ。甘党の僕が飲むものだから普通のものより少し甘めになっている。 「珈琲でも淹れようか?」 「いえ、水もらっていいですか?」 「うん」  マグカップを僕に返した藤堂は、キッチンでコップに水を入れて戻ってきた。なに気なく隣に座った藤堂の肩が微かに触れて少しドキリとする。そわそわとした気持ちを隠しながら水を飲んでいる藤堂の横顔を見つめれば、髪がまだ雫を含んでいることに気がついた。 「髪、乾かしてやろうか?」 「え?」  驚いて振り返った藤堂が目を瞬かせる。

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