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第622話 夏日 12-4
「すみません」
僕の視線にそう言って藤堂は至極綺麗な笑みを浮かべる。けれどそれがもどかしくて、ひどく胸が痛くて、僕は藤堂の上に跨がると両手で頬を包み顔を上向かせた。すると伏せられていた目がゆっくりと持ち上がり僕を見つめる。そして視線が重なると、瞳が不安げに揺れた。
「笑わなくていい。いまはなにも考えるな。全部忘れて、僕だけを見てろ」
取り繕うような綺麗な笑みと、揺れるその瞳は心の内になにかを押し込め抱えている証拠。そんなものはすべて吐き出してしまえと思うけれど、多分きっと心が不器用な藤堂はそうすることがうまくできないのだろう。それがもどかしくて悔しくて堪らない。
頬を包む指先に力を込め、僕は藤堂の唇に口づける。そして再び瞳を見つめると、今度は深く唇を重ねた。何度も口づけて舌を絡ませれば、背中に回された腕に強く抱きしめられる。
「んっ……」
繰り返される口づけで次第に息が上がり、瞳が潤んで視界がぼやける。いつの間にか僕はしがみつくように藤堂の首に腕を回していた。
「佐樹さん、好きだよ」
「うん」
離れては触れる、啄むような口づけを繰り返しながら、僕は藤堂の髪を指先で梳き、強く抱きしめた。
「佐樹さん」
「ん?」
胸もとに擦り寄ってきた頭を優しく撫でると、僕を抱きしめる腕に力がこもる。
「佐樹さんが欲しいよ」
呟きにも似た小さな藤堂の囁きに、僕の鼓動は痛いくらいに早まっていく。でも逃げ出す気にはならなかった。正直躊躇いは心の片隅にある。それでもいまは自分を求めてくれることがひどく嬉しかった。
叶うなら藤堂の心に空いた隙間をすべて埋め尽くしてしまいたい。いまだけでもいいから、藤堂の心を全部抱きしめたい。
「……うん」
小さく頷いて応えれば、至極嬉しそうに藤堂は微笑んだ。それが嬉しくて僕はまた強く藤堂を抱きしめた。
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