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第630話 夏日 14-4

「離れたくないけど、もうそろそろ出なくちゃですね」 「ん、そうだな」  穏やかな二人の時間は緩やかだけれど確実に時を刻んでいく。名残惜しくて肩口に擦り寄ると、指先が優しく髪を梳いて撫でる。その感触にゆっくりと顔を持ち上げれば、そっと口づけが落とされた。いつでも藤堂は言葉にしなくても僕の心を感じ取ってくれる。そしてそのたびに想われていることが嬉しくてたまらなくなる。  そんな幸福感は何度味わっても褪せることはなくて、それどころかますます胸を高鳴らせてしまうほどに強くなっていく。いま僕の目に映る藤堂がいる世界は、心奪われるくらいに色鮮やかで、かけがえのないものだった。 「佐樹さん、忘れ物はないですか?」 「ああ、大丈夫」 「そんなに慌てなくてもいいですよ」  鞄を掴み、慌ただしく靴を履くと、玄関先で扉を開け待っている藤堂に駆け寄る。そしてなに気なく顔を上げたら、ふいに視線が合いやんわりと微笑まれた。その笑みに不思議と気持ちが落ち着く。離れることが寂しいけれど、またこうしてこの先も一緒にいられるのだという気持ちが胸に湧いた。 「じゃあ、行きますか」 「うん」  そっと触れた手が繋ぎ合わされる。意識しなくとも想いが通じるこの瞬間が、二人で過ごす時間が幸せだと思った。これから何度こうして二人で笑いあうのだろう。何度こうして同じ時間を過ごすのだろう。そんな想像をするだけで胸がドキドキとして、少し離れているいまもなんだかひどく愛おしいものに思えた。

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