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第634話 夏日 15-4
「うん、逆にありがと。こんなことでもなくちゃ缶詰だから、声かけてもらえて嬉しかったよ」
振り向いた渉さんがふっと目を細めて微笑む。そして極自然に僕に腕を伸ばして抱きしめると、やんわりと頬に口づけを落とした。これはもう毎回のやりとりだから、擦り寄る渉さんに肩をすくめて僕は苦笑いを返す。けれどふと視界に入ったバックミラー。そこに写った瀬名くんの表情を見て驚いた。
「眉間にしわ寄ってる」
「ん? なに?」
独り言のように小さく呟いた僕の声は渉さんにも届かなかったようで、不思議そうに首を傾げられてしまった。
「ねぇ、ねぇ、瀬名くーん。ここもっとスピード出せるよね?」
しばらくして高速に入ると、渉さんが焦れったそうに運転席にいる瀬名くんの首元に腕を回す。そして締める勢いでぎゅっと力を込めたのが見て取れた。
「ちょ、危ないっすからやめてください。それにこっちは慣れない左ハンドル握ってんですから、無茶言わないでくださいよ」
「ふぅん、なんでもやります。なんでもしますから連れてってくださいって、言ったの誰だっけ? いいよ、ここで車降りて帰っても」
「はっ? 高速の真っ只中で車降りて帰れとか鬼ですかあんた。わかりましたよ、出せばいいんでしょ出せば。どうなっても知りませんからね」
大きなため息を吐き出しながらも瀬名くんがアクセルを踏み込むと、車はさらに加速して景色もどんどん流れていく。不慣れな車だと瀬名くんは言っていたけれど、元より運転がうまいのか車は順調に目的地へと進んだ。
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