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第638話 夏日 16-4

 大学の頃だったか、周りの人たちにそう言われたのを思い出した。これは偶発的なことだ。僕のせいじゃない、はずだ。 「佐樹ちゃんはほんと昔から変わらないよねぇ」 「成長がないみたいな言い方しないでくれよ」 「そういう意味じゃないってば。色んな人に愛される希有な存在だなぁって」 「でも僕の本性を知ったら引かれるぞ。気が利かないし、物事疎いし」 「そう? 俺はそういう佐樹ちゃんでも好きだよ。むしろそういうところが可愛い」  黙っていても見目がいい渉さんに満面の笑みを向けられると、どうしても照れくさくなる。それに昔からこうして甘い言葉を囁くし、臆面なく好きだと言葉にしてくる。でも僕は何度も何度もそうやって言葉にされてきたのに、その内側にある気持ちに気がつかなかった。  いま思えば、どうして気がつかなかったんだろうとさえ思う。いつだって渉さんはまっすぐに僕を見ていたのに。 「ほら、みんな待ってるからそろそろ行こう」 「あ、ああ、うん」  でも気がつかなくてよかったのかもしれない。もし気づいてしまったら、きっといまみたいに関係を保ってはいられなかった。いまだからこそ渉さんの気持ちを受け止められたんだと思う。  それに僕は目の前にあるこの笑顔がなくなるのが惜しいと感じた。気持ちを受け止められないのにずるいと思ったけれど、それでも彼の隣は居心地がいいからこの先も変わらずいてくれたらいいなって思った。  そんな僕の我がままに頷いてくれた渉さんには感謝をしなければいけない。僕はいつでも人の優しさに救われている。

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