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第643話 夏日 18-1

 視線をそらしたままこちらを見ない藤堂に首を捻っていると、なにやら悩ましいため息を吐き出される。それでもなおじっと見つめていると、そろりと視線がこちらを向いた。その目はひどく落ち着かない様子で、少し右往左往と泳いでいる。 「佐樹さん、あんまり可愛い顔してるとキスしたくなるからやめて」 「えっ」  ふいに小さな声で告げられた言葉で思わず声が裏返ってしまう。そんな僕を見て大きく息を吐き出した藤堂は、困ったように眉をひそめながらくしゃりと前髪をかき上げた。 「勝手に近づいてきた俺も悪いけど。ごめん、二人だけで傍にいると、触れたくなるかも」 「あ、わ、悪い。と、とりあえず今日はほかにもみんないるし」  二人っきりという場面は多くないはずだ。それに多分きっとこれは暗に、今日はなるべく二人きりにならないようにしよう、ということなのだろう。けれど最後の最後まで二人きりになれないのは寂しい。 「なぁ、藤堂」 「なに?」 「今日は終わったらうちに来てくれるか?」  シャツの袖を引いてこっそりと耳打ちしたら、藤堂の目が驚きで見開かれた。 「無理?」 「いえ、大丈夫です」  反応の遅い藤堂を恐る恐る見上げると、満面の笑みを返された。けれどその笑顔があまりにも綺麗だから、藤堂の裏側が見えた気がしてついにやけてしまう。さっきまで敬語が抜け落ちるくらい動揺していたのに、急に戻ったいつもどおりの返事。僕が先ほどまで何度となく心の中で呟いた言葉とおんなじことを、多分きっと藤堂も呟いている。 「優哉ーっ」  遠くから片平の声が響いてくる。二人でそちらを振り返れば、片平がこちらに向かい手を振っていた。その傍では三島と峰岸もこちらを見ている。 「行ってこいよ」 「はい、じゃあ、行ってきます」  押し出すように背中を叩けば、ふっと目を細めて藤堂は優しく笑みを返してくれた。

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