652 / 1096
第652話 夏日 20-2
なに気なく卵焼きをつまんだ峰岸の手から藤堂がそれを取り上げ、自分の皿に載せると別の卵焼きを箸でつまんで差し出した。その行動に一瞬だけ峰岸は目を瞬かせたが、すぐになんの躊躇いもなく差し出された卵焼きを口にする。
「ちょっと優哉、なに甘やかしてんのよっ」
じっと二人を見ていた僕に気づいたのだろうか。片平が少し慌てた様子で声を上げる。そしてその声で僕の視線に気づいた藤堂が、少し気まずそうな表情を浮かべた。
「俺、甘い卵焼き駄目なんだよな。最初のやつ甘いのだったんだろ」
「もう、優哉の馬鹿」
一時期は仲がよかったわけだから、食べ物の好みがわかっていてもおかしくない。多分それでつい手が出てしまったのだろう。それでもなんとなく胸の内がもやっとして、僕は俯き加減に藤堂の視線を避けてしまった。
「佐樹ちゃんがヤキモチ妬くって新鮮」
「えっ」
胸のくすぶりと格闘しているとふいに耳元で囁かれた。驚いて肩を跳ね上げると小さな笑い声も聞こえた。反射的に声の先を振り返った僕は、目の前で楽しげに笑っている渉さんを見つめ小さく首を傾げる。
「いままで、彼女とかいた時でさえ、ヤキモチ妬くことなんかほとんどなかったのにね。彼が女の子に囲まれてる時もほんとはヤキモチ妬いてたでしょ?」
頬杖つきながら僕の顔を覗き込む渉さんの視線に、じわりじわりと顔が熱くなっていった。あの時の意味深な相槌は僕の気持ちを察してのものだったのかという真実と、いまこの状況を悟られてしまっている現状に心の中は大パニックだ。
「ほんとに好きなんだね」
恥ずかしくて顔を上げられずにいると、渉さんは子供をあやすみたいに優しく頭を撫でてくれた。
「佐樹ちゃんのすごい特別なんだってことはちょっと悔しいけど、いまは幸せなら俺も嬉しいかなぁって気分」
「渉さん」
至極優しく微笑んでくれた渉さんを見て胸が少し締めつけられる。
ともだちにシェアしよう!