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第653話 夏日 20-3
気持ちに応えることはできないと告げた時、渉さんは本当にいまにも泣き出しそうな表情を浮かべた。そしてごめんねと僕に謝った。その時のことはいまでも覚えている。
どれだけの想いを抱えてきたのか、あの時、あの顔を見た時に初めて実感した。きっと言うつもりはなかったのかもしれない。でも僕が藤堂に、同性の相手に意識を向け始めたのに気がついて、言わずにはいられなかったのだろう。
「そんな顔しないの、ね」
「ん、悪い」
いつまでも思い悩むのは、まっすぐに受け止めてくれた渉さんに失礼かもしれない。そう思って笑みを返すと、また優しく髪を撫でられた。
「それよりあの子さ」
「ん?」
ふいと視線が流れた渉さんのその先を追って顔を上げると、そこにはなにやら片平に説教を受け、藤堂にひどく迷惑げな顔をされている峰岸の姿があった。
「佐樹ちゃんのことが好きなんだと思ってたんだけど、彼に気があるの?」
「あ、あー、それはなんていうか。本人曰く両方だって」
なんと答えたらいいものか悩んだが、うまく説明する言葉も見つからなくてそのままの事実を渉さんに告げた。するとやはり想像した通り、驚きの表情を浮かべて渉さんは目を瞬かせる。
「わぁ、潔い贅沢さだね」
「うーん、まあ、それでも本人は真面目みたいだけど」
峰岸から感じられる好意は二股をかけるとかそういう感じではない。純粋に藤堂が好きで、僕が好きなのだ。誤解を与えたくなくてついついフォローしてしまった。
「ああ、そっか。あれだ、好きのベクトルが違うんだ」
感慨深げに峰岸を見つめていた渉さんが、ふとなにかに気がついたように呟いた。けれどその言葉の意味がよくわからなくて、僕は思わず首を傾げてしまう。
「んー、要するにね。佐樹ちゃんのことは愛したい。彼のことは愛されたいっていう内訳なんだよ」
「ん? けど好きなら愛したいし、愛されたいもんじゃないのか」
「ああ、伝わんなかったか。じゃあ、もっと砕いてわかりやすく言うね」
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