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第654話 夏日 20-4
再び首を傾げた僕を見て渉さんはちょっとうな垂れたように頭を落とした。けれど答えを求める僕の視線に気づいたのか、顔を上げてなにやら楽しげな笑みを浮かべる。そして僕の耳元に片手で衝立をして、周りには聞こえぬだろう小さな声で囁いた。
「佐樹ちゃんのことは抱きたい。彼には抱かれたいってこと」
「はっ?」
言葉を飲み込むまでの数秒、頭が真っ白になった。
「あははっ、佐樹ちゃん驚き過ぎ」
腹を抱えて涙目になりながら笑っている渉さんの声で我に返れば、僕は自分が立ち上がっていることに気がついた。そして突然立ち上がったであろう僕に、みんなの視線が集まっている。
「な、なんでもないっ」
みんなの驚きや心配を含んだ視線に顔が尋常じゃないくらい熱くなった。慌ててベンチに座ると、渉さんがごめんごめんと何度も謝る。けれどそれさえも恥ずかしい気分になってくる。
それにしてもいままで深く感情の意味を考えずにいたが、まさかそんな感情の違いがあるとはまったく予想もしなかった。藤堂とはなんとなく自然な流れで僕のほうが受け身になってしまったが、特にそれに対して抵抗感はない。
しかしよくよく考えれば男同士ならどちらが主導権を握るかは結構重要なポイントな気がする。そう思ってちらりと視線を持ち上げてみれば、藤堂も峰岸も不思議そうな顔で僕を見つめていた。
「佐樹ちゃん可愛い」
目があった途端にふいとそらしてしまった僕を見て、渉さんは笑いをこらえて肩を震わせていた。
「渉さんが変なこと言うからだろ!」
「だからごめんってば、その代わりにいいとこ連れてってあげるから」
「え?」
「佐樹ちゃんの学校はバイト禁止?」
急に会話が飛んでその流れにうまくついていけない。戸惑いながらも「禁止ではない」と質問に答えれば、渉さんは満面の笑みを浮かべて藤堂と峰岸に向き直った。
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