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第662話 夏日 22-4
きっと誰か一人だけを愛することが怖いのだろう。手に入れたあとに失うのが怖いんだ。
「泣かれたくなかったら一人だけを選べ。ちゃんと手が届く奴にしろ」
「なんだよ、急に優しいと調子狂うな」
普段は器用過ぎるくらい器用なのに、こんなところだけは本当に不器用だ。いつからそういう恋愛をしているのかわからないが、なにもかも誤魔化したように笑うその姿は少しばかり痛々しい。
峰岸の華やかな容姿やその存在感。それに惹かれ惚れた人間は花の香りに誘われるように群がり集まる。そしてそれを峰岸はさして心のないまま甘受していく。けれどもそうした人間が傍に増えれば増えるほどに、きっと心は孤独になっていくだろう。情は湧くかもしれないが、それは決して恋や愛にはなりえない。本当に欲しいモノはもう目の前にあるからだ。けれどそれは決して手に入らない。
「お前のことは多分この先もずっと好きだぜ。センセのことも。でもこれはきっと好きとか愛してるってだけじゃねぇのかもな。センセを好きなお前が好きで、お前を好きなセンセが好きなんだ」
「峰岸?」
すっと身体を引いて離れた峰岸は至極綺麗な笑みを浮かべた。そんな表情に虚をつかれていると、両腕を伸ばした峰岸の手が頬に触れ、引き寄せられる。身構える間もなく引き寄せられた身体は自然と峰岸へと傾いた。そしてそっと唇にぬくもりが触れた。
「お、お前っ」
触れた感触に慌てて峰岸から身体を離すと、目の前ではいたずらを成功させた子供のような笑みがあった。
「いまの撮った?」
「うん、ばっちり」
「じゃあ、あとで俺にくれよ」
あ然とする俺をよそに峰岸は月島を満面の笑みのまま振り返る。そんな峰岸に応えるように月島は至極楽しげに親指を立てて片目をつむった。
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