667 / 1096
第667話 夏日 24-1
人は愛することを覚えると、目の前にある景色が色鮮やかに変わる。きっと瀬名もそんな感情を覚えたのかもしれない。いつも月島を見る目は眩しそうに細められる。愛おしいという感情を隠しもせずに、ただまっすぐにその姿を見つめていた。
あんなに迷いなく見つめられては、月島はたまったものではないだろう。目をそらしても、逃げても隠れても、それは離れてくれない。だからその目に捕まらないように、知らない振りをするしかできないんだ。
二人は微妙なバランスで立っている。ほんの少しの傾きで転がり出してしまいそうなバランス。きっと転がり出したらあっという間だろう。それでも二人はバランスを崩さない。
「俺はあの人の世界を見た時から自分の世界の色が変わった。だからあの人のいる世界で生きてみたいと思った。けどその世界を壊してまで手に入れることはしたくない。いつか絶対に心ごと手に入れてみせる」
「へぇ、のんびり構えてるのかと思ったら、随分な野心家ですね」
月島へ視線を向けることなくパソコンに向けているその目は力強く、おとなしく忠犬を装っているがこの瀬名という男こそ野生の獣だ。きっと瀬名が本気を出して月島を狩り捕ろうと思えば、間違いなく抵抗する間もなく自分のもとへ堕とせるだろう。けれどそうしないのが瀬名の本気の恋、愛するということなのかもしれない。
二人のバランスが崩れない意味がなんとなくわかった気がした。転がらないように支える月島と、いまの変わらない月島を手に入れたい瀬名。二人ともが均衡を保っているんだ。
思えば自分自身もそうだった。罠を張り巡らせながらもいつか振り向いてくれることを願い、じっと待っていた。届かない、振り向かないかもしれないという不安を抱きながらも、ただひたすらに待っていた。
「藤堂」
「……っ」
ふいに耳へ飛び込んできた声にふっと現実に返った。反射的に振り向けば、小走りで近づいてくる彼がいた。
ともだちにシェアしよう!