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第675話 夏日 25-5
いまが楽しいほどに寂しさが膨れるのだろう。思わず俺はそっと彼の手を握り、その視界を遮るように口づけをした。
予想もしなかったであろう俺の行動に彼は顔を真っ赤にして俺を見つめる。けれどいまここで非難されようとも、目の前の瞳に映る自分の姿に俺は安堵する。この人が傷ついたりしない未来であって欲しい。俺はそう願うばかりだ。
行きの道は和風の建物や風情を模した雰囲気だったが、帰り道はそれとは反した洋風の建物や煉瓦の石畳、綺麗に整えられたイングリッシュガーデンが広がっている。それは外国にあるどこかの森に迷い込んだかのような錯覚をしてしまうほど見事だった。夏の暑い時期だからそんなに花は咲いていないのだろうと思っていたが、それは間違った思い込みで、庭園には小さな花があちこちで花びらを広げていた。
「佐樹さん花も好き?」
「あ、ああ。育てるのはまったく駄目だけどな」
しゃがみ込んで花を眺めている佐樹さんの顔を、膝に手を置いて覗き込む。すると少し驚いた顔をしたあとふっと息を吐くように笑い、困ったように眉を寄せた。どうやらこの顔では謙遜ではなく本当に植物の類を育てるのは苦手なのだろう。そんな様が可愛く思えて俺は小さく笑ってしまった。
「笑うなよ。本当に致命的に駄目なんだよ」
「一緒に暮らせたら、ベランダでなにか育てましょうか。花だけじゃなくて、料理に使えるものなんかも簡単に育てられますよ」
花壇のすぐ傍にはハーブなども植えられていた。知っている限りの花やハーブの名前を教えてあげると、佐樹さんは子供みたいなキラキラと輝いた目でそれらを見つめた。けれどそんな横顔を見ているといますぐにでも攫ってしまいたい衝動に駆られる。心の内側が目の前の愛しい人で埋め尽くされてしまいそうになる。しかしそんな自分に思わず落ち着けと、心の中で囁きかけてしまった。
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