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第689話 夏日 29-1

 寄り道をしたにもかかわらず車は順調過ぎるほど順調に走り、予想していた時間よりも早く佐樹さんのマンションへとついた。そしてそれをひどく残念がりながら、車にもたれる月島が佐樹さんの手を握るのを見てかなり苛々としたが、ここまで送ってくれた礼も含めてなんとかそれは心の中に押しとどめた。けれどおそらく顔の笑みは引きつっていたのだろう。俺の顔をちらりと見た月島の目は至極楽しげだった。  そんな中ふいにデニムの後ろポケットで携帯電話が鳴った。短い着信音だったのでメールの受信だろうと思い、あとで確認しようと然して気にせずにいたら、ほとんど間を置かずにまた着信音が響いた。  二度も鳴り響いたその音に佐樹さんや月島の視線がこちらへ流れる。その視線となんとなく胸の中に広がった嫌な予感を覚えて、俺は席を外す旨を佐樹さんに伝え、その場から少し離れたマンションの裏手、あまり周りに声が届かないだろう場所まで移動して携帯電話を開いた。  メールの着信は弥彦とあずみからだった。よほど急いでいたのかあずみに至っては珍しく絵文字が一つもない簡素なメール。二人からのメールを読むと、どろりとした嫌な気分が湧き上がり、さらに胸の中を蝕むようにそれが広がった。  どうするべきかじっと携帯電話の画面を見つめていると、突然携帯電話が鳴り出した。それはメールの着信ではなく、通話着信だ。画面に表示される名前に少し手が震えた。しかしこのままでいるわけにいかないと、俺は震える指先で通話ボタンを押した。 「もしもし」  なるべく落ち着いた素振りで電話に出ると、「どこにいるのっ」と少しヒステリックな声が耳に届いた。その声と言葉を聞いて俺は小さく息を吐く。流されるな、同調するなと心の中で言い聞かせて、再び息をつくと俺は呆れたような声で「いい加減にしてくれ」と呟いた。 「弥彦やあずみと写真部の仲間と打ち上げあるって言っただろう」 「二人ともいまいないから出られないって」

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