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第692話 夏日 29-4

 まともに立っていられなくなったのか、シャツを握る手もどこか頼りなげだ。唇をようやく離して、口の端から伝い落ちる唾液や唇にまとわりついたそれを舐めとった。  舌を這わせるたびにびくりと肩を跳ね上げる反応に、加虐心が煽られる。顎から首筋に舌を滑らすと「あっ」と小さな甲高い声が漏れ聞こえた。ふっと視線を持ち上げると真っ赤に染まった顔で口元を片手で覆う佐樹さんと視線が合う。しかしそのまま首筋に口づけようとする俺を、彼は慌てて止めにかかる。 「待って、待った。部屋、部屋に行こう。もう、無理だ」  うろたえたように目をさ迷わせた佐樹さんは、これ以上ないくらい顔から首筋までも真っ赤に染めて目を伏せた。もぞもぞと逃げ出そうとする彼に首を傾げてみせると、泣きそうな顔をされる。そっと抱きしめていた身体を離せば、着ているTシャツの裾を伸ばすように掴み俯いていた。その姿にまさかと思ったが俺は耳元に唇を寄せる。 「佐樹さん、いまのでもしかして勃っちゃった?」 「うるさいっ」  投げやりに言い放ち、ぎゅっと目をつむって口を引き結ぶその姿はあまりにも可愛い。しかし微笑ましいその反応を思わず笑ってしまったら、不機嫌そうに睨まれてしまった。 「部屋に戻って続きしたい」 「へっ」 「したい」  裏返り上擦った声を上げた佐樹さんの顔を覗き込んで笑みを浮かべると、俺は自分の気持ちをはっきりと言葉にした。するとあたふたとした様子で佐樹さんは辺りを見回し始める。しばらくその様子を見つめていたが、逃げ場を探しているのだということに気がつき、俺はビニール袋を下げているほうの手を掴むと強引に足を進めた。  突然歩き出した俺に半ば引きずられる形で佐樹さんはついてくる。しかし握り締めた手を強く掴むが、振りほどこうとはされなかった。そして乗り込んだエレベーターの中でも俯いたままだったが、部屋の前に着いて鍵を開けて中に入ると、途端に佐樹さんは俺の手を振りほどいて廊下の途中にある脱衣所に駆け込んだ。

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