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第693話 夏日 30-1
予想外のことに目を丸くしている俺をよそに、脱衣所の扉は容赦なく閉められる。しかし鍵がついているわけでもないので、俺は「お邪魔します」と小さく呟き部屋に上がると脱衣所のドアノブに手をかけた。だがここでも思わぬことが起きる。中で思いきりドアノブを抑え抵抗された。
「佐樹さん?」
わずかに動揺しながら扉の向こうにいる彼の名前を呼ぶが、一向にドアノブは動かない。また失敗しただろうかと旅館でのことを思い返し、扉の前でどうしたものかと考えていると、扉の向こうから微かな声が聞こえてきた。聞き取れなかったその声に「え?」と問い返すと、またしばらく沈黙が続く。
「ちょっと待ってろっ」
沈黙に戸惑っていると急に大きな声が扉の向こうから聞こえてきた。そしてなにやらバタバタと向こうで音がしてそのあとガチャンという音が聞こえる。その音の元にすぐさま気がついた俺は、急いでドアノブに手をかけて扉を開くと脱衣所に足を踏み入れた。
先ほどまでいただろう人はそこにはいなくもぬけの殻。脱ぎ捨てられた着衣が籠に放り込まれ、風呂場へ通じる戸が閉められていた。脱衣所とは違い風呂場は中から鍵がかけられる。そっと近くに寄って戸を叩くと水音が響いた。
「待ってろってば」
「もしかして自分でシてる?」
水音にかき消されて聞こえないが恐らく自分の想像は間違いではないと思う。薄らと透けて見える戸の向こうに見える背中。それを見つめているとこちらまで気持ちが昂ぶりそうになってくる。
「ねぇ、佐樹さん。これって結構拷問。目の前でシてるの想像すると俺までヌケそうなんだけど」
「なっ、お前そんなキャラじゃないだろっ」
「キャラって……前に言いませんでしたっけ。俺も健康な男子なんで好きな人を目の前にしていやらしくなるなっていうほうが無理だって。ねぇ、俺も一緒に入りたい」
「少しだけ待ってろってば」
返ってきた言葉にコツンと目の前の戸に額を預けて両手を付くと、水音の中から微かに漏れ聞こえてくる声がする。目を閉じればその姿を想像できそうだったが、それはため息と共に吐き出して考えるのをやめた。このままだと本当に自分もコントロールが効きそうにない。
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