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第694話 夏日 30-2
戸に背を預けてずるずるとその場にしゃがみ込むと、心の中で素数を数えたりどうでもいい英単語を並べたりしながら頭を抱えた。我ながら情けない光景だと思うが、あれ以上想像して風呂に入った時に無様な状態になるよりはマシだと思った。
「藤堂? 寝てる?」
「え?」
どのくらい過ぎたかわからないが、延々と頭の中をどうでもいいことで埋め尽くしていた俺は、背後で聞こえたカチッという音に気がつき顔を上げた。俯いていた俺が寝ていると勘違いしたらしい佐樹さんが再びそっと俺の名前を呼ぶ。
「もう入ってもいい?」
「あ、うん。だ、大丈夫だ」
俺の問いかけに上擦った声で返事をしながら、佐樹さんは戸から少し離れた。そして微かに見える動きで背中を向けたのだろうということがわかった。けれど俺は急くことなく着ているものを脱ぎ、ついでに自分のものと佐樹さんの服も洗濯機に入れてスイッチを押してから戸を開いた。
目の前にある白くて細い綺麗な身体を見つめながら後ろ手で戸を閉めると、浴室内にガチャンと戸の閉まる音が響き渡る。しばらく華奢な背中を見つめていたら、俺の無言の視線に耐え切れなくなったのか、慌てた様子で佐樹さんは湯船の中に飛び込んでしまった。
「逃げなくてもいいのに」
「そんなに見られたら恥ずかしいに決まってるだろっ」
「あとで髪、洗ってあげますね」
頬を染めながら乳白色の湯の中に顔半分を沈める佐樹さんを横目に手早く身体を洗っていると、そっぽを向いていた視線がいつの間にかこちらを見ていた。いつもなら上半身がはだけただけでも顔を赤くして顔を背けるのに、珍しいものだと首を傾げて見つめ返せば、ほんの少し頬を染める。
「あ、泡でそんなに見えないから?」
「……」
「すぐに流しちゃいますよ。というよりもうちょっと慣れて欲しいな」
図星だったのか、ふいと顔をそらされてしまった。でもそんな仕草や反応一つひとつが可愛らしくて、思わず頬が緩んでしまう。またじっと見つめていると次第に身体が背を向け始めてくる。ふっと吹き出すように笑ったら、すぐさま湯船のお湯が飛んできて「笑うな」と怒られてしまった。
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