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第695話 夏日 30-3
仕方なく視線をそらしシャワーで泡を洗い流すと、俺は背中を向けている彼に向かい歩を進め、そっと乳白色の湯の中に足を沈めた。そしてその気配を察してびくりと跳ね上げた彼の肩に両手を置き後ろからこめかみに口づける。
「佐樹さんこのままだと俺が入れないから左向いて」
「お前が入るなら」
「駄目、ちょっとくらいならのぼせないでしょ?」
また逃げ出そうとする身体を背中から抱きとめて、俺は肩まで湯船に浸かった。目の前の白いうなじは少し赤い。湯はすぐにのぼせるような温度ではないし、この状況に恥ずかしくなっているのだろう。だがそうとわかっているのに、逃すまいと俺は両腕を目の前の身体に回し強く抱きしめていた。
「佐樹さん?」
覗き込むように肩に顎を乗せて俯く顔を見つめるが、ちらりと視線が向くだけで振り向いてくれない。首筋と顎の辺りに口づけるとまたびくりと肩が跳ね上がる。
「そんなに固くならないで、俺はゆっくりこうやって佐樹さん抱きしめて風呂に入りたかっただけだから」
緊張を隠せずにいる背中に小さく息をついて、俺は湯船の中から佐樹さんの手をすくい上げ、その指先に口づける。すると少し警戒を解いたのか、隙間の空いていた胸もとに背中が寄り添ってきた。なに気ない変化だけれど、それが嬉しくてすくい上げた手を握り締める。すると俯いていた顔がこちらをほんの少し振り返った。
「さっきはしたいって言ってたのに」
「え? ああ、まあ言いましたけど、ここじゃなくてちゃんとベッドのほうがいいでしょう?」
「う、あ、まあ」
俺の一言であんなに緊張していたのかと思えば、思わずにやけて頬が緩む。可愛くてたまらなくて、頬に顔を寄せてぎゅっと強く抱きしめる。そうしたら今度は目を丸くしてまた俯いてしまった。ゆらゆら揺れる乳白色の湯に薄らと映る彼の顔を肩ごしに見下ろしていると、ふと胸もとに目がいってしまった。
それは白い肌に残る赤黒い痕。だいぶ薄くなって消えかけているけれど、確かに刻んだ覚えがある初めての日の証し。そっと目に留まったその痕を指先で撫でると、驚いた顔をして佐樹さんが振り返る。
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