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第696話 夏日 30-4
「もう消えちゃいそうですね」
目を瞬かせる佐樹さんの頬に口づけて再びそこを撫でれば、ふっと視線が落とされ彼もまたそこをじっと見つめる。
「あ、ああ、うん、なんとなく寂しい」
「えっ?」
ぽつりと返された言葉に思わずこちらが目を見張ってしまった。しかも同じように指先で自身の肌をなぞるその姿に、心拍数が少し早まった。湯でほんのり上気した頬と痕を見つめる切なげな眼差しに、思いきり胸を鷲掴まれる思いがした。
「これ見るたびに藤堂のこと思い出してたけど、消えると思うと寂しい。ほら、こことかもう消えて」
振り返って膝立ちした彼が胸もとを指差すが、正直もうこちらはそれどころではなかった。振り返った彼を抱きしめて、目を見開いたその目を見つめたまま口づけた。慌ててジタバタともがく彼を抑えつけて深く口内の奥まで押し入ると、「んっ」と小さな喘ぎ声が漏れる。
無自覚は恐ろしい――と改めて思い知らされる。あまりにも彼が無邪気過ぎてこちらがどす黒過ぎるのだということは重々承知しているけれど、それでもここまでされてさすがに黙って見ていられるほど俺の理性も強靭ではない。
「待って、藤堂っ」
バシャバシャと激しく波打つ湯船の中で、逃げを打つ彼の身体が後ろへ後ろへと下がるが、最後に行き当たるのは浴室の壁だ。湯船の湯とは違いひんやりとした浴室の壁に背中が当たり無意識に佐樹さんの肩が跳ねる。
「ここでしないって言っただろ」
「言ったけど、それは前言撤回します」
若干しどろもどろになっている彼の口を再び塞ぎ、両手首を掴んで壁に縫い止めると、俺はまた浅ましいほどに佐樹さんの口内を貪った。そして目尻を赤く染め薄らと目を開けてこちらを見ているその瞳に誘われるように、白い肌に赤い花びらを刻んだ。
貪欲な獣が頭をもたげる。無防備にさらされた白い肌を切り裂く勢いで、首元に顔を埋めると、ゆっくりと潤んだ瞳が閉じられた。さらに乳白色の湯の中でするりとふくらはぎに寄せられた肌の感触に、思わず口元が緩んでしまう。そして請うように薄く開かれた唇に、再び誘われその隙間を埋め尽くした。
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