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第701話 夏日 32-1

 顔を隠すことで精一杯になっているのか、抱き寄せても然して抵抗されることなく、佐樹さんは腕の中に収まった。そして抱き起こしたことでタオルケットが肌から滑り落ち、微かに赤く染まる白い背中があらわになった。 「帰りたくないな」  あらわになった背中を優しく撫で、首筋に唇を落とす。ぴくりと震えた肩が可愛くて、そこにもまた唇を落とした。 「……、そういうわけにいかないだろ」 「そうですね」  ぽつりと呟いた俺の言葉にそろりと目の前の視線が持ち上がる。困ったように眉を寄せるそんな表情に、諦めを含んだ息がこぼれてしまった。帰らないわけには行かない。わかっているけれど、ここが幸せ過ぎて現実に返るのが怖くなる。 「藤堂」 「ん、なに?」  顔を覆い隠すのをやめた佐樹さんは小さく俺のシャツの胸元を引く。そんな彼の仕草に首を傾げて見せれば、彼はゆっくりと腕を上げて寝室にある机を指差した。そして「二段目の引き出し」と言うと、また小さくシャツを引く。それに少し戸惑いながらも、なにかそこあるのだとわかった俺は、抱きしめていた身体をゆっくりと離してベッドを下りた。 「……これ」  そして言われた通りに机に備え付けてあるチェストの二段目を引いた。そこには真新しさを感じさせる鍵が一つあった。指先で鍵に取り付けてある銀色の輪を摘むと、その鍵を佐樹さんのほうへ向ける。するとふっと柔らかく綻んだ表情で見つめられた。 「うちの鍵。お前にあげる。プライベートに支障が出るような時は駄目だけど、いつでもここに来てもいいぞ。もう母さんは知ってるし、もっと早く渡してもよかったんだけど、タイミングなくて」  照れくさそうにはにかんだ佐樹さんの表情に、気がつけば腕を伸ばして彼の身体を抱きしめていた。どちらともつかない少し早い心音が耳元で響く。それに急かされるようにさらに強く抱きしめたら、ゆるりと持ち上げられた彼の腕が俺を強く抱きしめ返してくれた。それがたまらなく嬉しくて頬にすり寄ったら、小さく耳元で笑われた。 「もっと傍にいたい。佐樹さん、ずっと傍にいたい」 「ああ、僕もそう思ってる。だからもうしばらく二人で頑張ろう」

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