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第703話 夏日 32-3

 飛び乗った最終電車は思ったよりもあまり人がおらず、座席もちらほら空いているような状況だった。人のいる車両や場所から少し離れ、電車の角でずっと切りっぱなしでいた携帯電話の電源を入れた。それと共に呼び出し音をサイレントモードにした。  設定を変更しているあいだにも溜まっていたメールが何通か受信される。それのほぼ九割はあずみと弥彦からだった。いつどこで電話が来たか、どんな風に電話を交わしたかなどこと細かなメールがたくさん受信されている。ほんの数時間のこととは言えかなり二人には迷惑をかけた。どこかで借りを返しておかなければと思った。  二人からの報告メールを読んでいるうちに、電車は最寄り駅に着いた。ここから徒歩十分ほどで家には着く。けれどその足は重い。電話越しのやり取りでさえかなり神経が高ぶり苛々するのに、対面となるとそれはもうそれ以上で、神経がすり減る気分だった。けれどそれを避けては通れないことも十分にわかっている。 「蒸し暑いな」  ふと暗い夜空を見上げながら駅を出ると、外の気温の高さに気がつく。そういえばいまは夏だったとその暑さに現実を思い出した。佐樹さんといるとこの暑ささえも気にならないというのに、離れてしまった途端に現実が目の前に広がる。やはり夏は好きではないなと思いながら重たい足で歩いていると、いつもは真っ暗な場所に明かりが灯っていて気分がさらに沈んだ。鍵を差し込み回せば、まるで気分の重さが乗り移ったかのように鈍い音が静かな空間に響いた。 「優哉っ」  そして玄関扉を開いて足を踏み入れた途端に静寂を裂くような声が聞こえる。その声を聞いた瞬間、俺の口からは無意識にため息がこぼれていた。俯きがちだった顔を上げて後ろ手に扉を閉めると、目の前には煌々としたリビングの光を背に立つ、青白い顔の女が立っている。 「何度も電話したのに、どうして出ないの!」  ふいと視線をそらして無言のまま足を踏み出した俺に、しがみつくような勢いで腕が伸ばされた。その手はシャツの背を掴み、握りしめている。歩みを遮られた俺は再びため息を吐き出した。 「終電に帰るって言ったよな。あんたが行き先と時間を言えっていうから言っておいただろう」 「どうして早く帰ってこないのっ、話があるって言ってるじゃない。雅明さんだって暇じゃないのよ」

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