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第705話 夏日 33-1
寂しげな笑顔を見送った晩、電話越しに聞こえた第一声はどこか縋りつきそうなほどに弱々しさを感じた。すぐにいつもの声音に戻ったけれど、「帰りたくない」と呟いた泣きそうで不安そうな顔を思い出した。そんな時は離れた空間に胸が苦しくなる。傍に行って抱きしめてあげられたならどんなにいいだろうかと、後悔に似た感情が胸を占めていく。叶わない、無謀なことだとわかっていても、彼の手を離した自分を責め立てたくなってしまう。できることなら彼が言ったようにずっと傍にいたい。離れたくはない。けれど現実は優しくはない。
そう、現実――その言葉が二人のあいだで高い壁のようにそびえ立ち、遮る。だからもうすぐだ、もうすぐだと心に言い聞かせながら、彼の声がゆったりと眠気を伝えるまで耳元から伝わってくる声に耳を澄まして優しく笑った。
あれから数日、忙しい中でも藤堂はほんの少しの時間でも電話をくれた。嬉しいと素直に思う反面、大丈夫だろうかという不安も正直言えば心にあった。またなにかに追い詰められていたりしていないだろうかと、心配になる。
「あっ」
突然聞こえた携帯電話の着信音に肩が跳ね上がった。そして慌てて鞄に入れておいたそれを手に取り、僕は周りを見回した。エンジン音だけが静かに響くここはバスの中だった。ちらちらと向けられる視線に、内心頭を下げながら僕は携帯電話をマナーモードにしてそれを開く。すると画面にはメールの着信を知らせる文字があった。誰のものかは予想できていたので、急いで中身を確認した。
そこには「いま駅に着きました。改札の近くで待っています」の文字。それを確認して僕は腕時計に視線を落とす。現在の時刻は十三時十二分、実家の近くから出ているバス停から最寄り駅まで十五分ほどだ。まだ乗って五分くらいしか経っていないので、あと十分くらいはかかるだろう。少し待たせてしまうなと思いながら、僕は謝罪と駅に着く予定の時刻を打つとメールを送信した。
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