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第707話 夏日 33-3
それが気恥ずかしくて口を引き結んだら、それを見た藤堂は小さく笑って頷いた。そして優しい光を含んだ目をして僕の頬を手のひらで包むようにして撫でる。くすぐったい感触に肩をすくめれば、わざとらしく顎の下を指先で撫でられて少しだけ肩が跳ね上がってしまった。まるで猫をあやすみたいな藤堂の仕草に、心臓が忙しなく鳴る。
「藤堂、くすぐったい」
「すみません」
「って思ってないだろ」
ちっともすまないと思っていなさそうな顔に目を細めれば、至極楽しげな笑顔を浮かべて髪を梳き撫でられた。その指先にますます鼓動が早くなるのを、気取られぬように俯いてみるが、その手は離れていかなくて顔がじわじわ熱くなってくる。それは夏の熱気のせいとは誤魔化せないくらいに火照っていた。
「恥ずかしいからもう触るな」
触れられた場所から指先の熱が伝わるようで、僕はぎゅっと目をつむり大きく下を向いた。胸ではなく耳元で鳴っているのではないかと思うほどに、心臓はうるさいくらいに脈を打っている。そっと手の甲で藤堂の手を払うと、「可愛い」と藤堂はぽつりと呟き目を細めた。その眼差しが恥ずかしいのだと文句を言いたいのに、言葉が思うように出てこない。
そんな僕を見透かしているだろう藤堂からの視線を感じながら、着ているTシャツの裾を強く掴んだその時、ふいに甲高いクラクションの音が短く二度響いた。
「あ、お姉さん着いたみたいですね」
響いた音に弾かれるように顔を上げた僕とは裏腹に、落ち着いた様子でふっと視線を流した藤堂は小さくその先に向かって会釈をした。慌てて後ろを振り返れば、車の運転席から顔を覗かせる佳奈姉がいた。振り向いた僕と目が合うと親指を立て後部座席を指差し、無言で早くとその仕草と視線で急かしてくる。
駅前はバスやタクシーが出入りするので広めのスペースが取られてはいるが、あまり自家用車を長居させるのは通行の妨げになる。そっと僕の肩に手を置いた藤堂に促され、少し足早に二人で車へと向かった。
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