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第709話 夏日 34-1

 ため息交じりに肩を落とすと、佳奈姉は笑いを噛みしめながら喉を鳴らした。そして行きのバスでは十五分ほどかかる道のりだが、停留所に留まるわけでもなくのんびりした速度でもない車は駅から十分足らずで実家へとたどり着いた。  家の前の広いスペースには白い車が一台止まっている。見慣れたそれは長女夫婦のものだ。その隣になんなく車を停車すると、佳奈姉は買い物袋を僕らに押し付けさっさと玄関へと向かった。呆れたため息は出るが、仕方なく手荷物がある藤堂に買い物袋を一つ持たせ、僕は両手に袋をぶら下げた。 「ただいまーっ」  玄関扉を開きながら佳奈姉が家の中へ声をかけると、慌ただしくスリッパの音がリビングから響いてくる。近づいてきた足音の主は、佳奈姉のあとから続いた僕を見るなり、大声で名前を呼びながらスリッパを脱ぎ捨てサンダルを突っかけると、腕を広げて飛びついてきた。買い物袋で両手を塞がれていた僕は、その勢いに足がもつれて若干後ろによろめいてしまう。 「危なっ」  焦って体勢を立て直そうとするが飛びついてきた勢いと、負荷のかかった重力でうまく踏みとどまれなかった。しかし後ろへひっくり返りそうになった身体は、背中を支えてくれた藤堂の手によってそれを回避した。 「あ、藤堂ありがとう。ったく、詩織姉もうちょっと落ち着いて出迎えられないわけ?」  背中に触れた感触にほっと息を吐いて藤堂を見上げれば、ふっと目を細めて微笑んでくれた。それに安堵して首に巻き付く姉に視線を移すと、顔を持ち上げた彼女は目を丸くして僕の背後へ視線を向けていた。 「お母さんが今日来る子はすごく格好いいのよって言ってたけど、ほんとね」 「え?」  瞬きを繰り返しじっと藤堂を見つめる詩織姉の口はわずかに半開きになっていた。ぽかんとしたその表情になんとなく胸がもやっとした僕は、身体をよじって姉を振り払った。

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