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第712話 夏日 34-4

 そして僕はなんとなく嫌な予感がして母を振り返った。 「優哉くんはいまさっちゃんがお付き合いしてる人でしょ」 「ちょっ……」  胸に湧いた嫌な予感は的中する。きっぱりはっきりと言い切った母に、この場の空気が一瞬しんとしたものに変わった。そして慌てて声を出しかけた僕の声がやたらと大きく響く。  ビール缶を傾けていた佳奈姉の手が止まり、身を乗り出していた詩織姉の表情が固まる。保さんも虚を突かれたように目を丸くしていた。僕はといえば、クーラーの効いた室内でひやりと冷たい汗をかいていた。 「なにそれ、どういうこと?」  言葉を飲み込み口を閉ざした僕に、訝しげな視線が集中する。特に先ほどまで明るい笑みを浮かべていた詩織姉は、徐々に顔が険しいものに変わり、声は少し固く平坦なものになった。そんな態度の変化はもう周囲を取り囲まれたようなもので、もはやここに逃げ場はないと思い至らしめる。  思わず傍にいる藤堂を見上げると、その横顔は相変わらず緊張した面持ちだった。そしてそんな表情にようやく僕は藤堂に対する違和感とその意味を悟った。藤堂はこの家に入った時からこうなることを覚悟していたのだ。  けれど気持ちが浮ついてしまっていた僕は、その考えを頭からすっかり抜け落としてしまっていた。この家の中で誰が一番このことを非難されるかと考えれば、それは一人しかいない。この家の者ではない藤堂だ。そんなことはよくよく考えればすぐさまわかるというのに、僕はそんなことさえ気づけずにいた。 「高校生で、佐樹の学校に通ってるって言ったわよね?」 「はい、でもお付き合いさせていただいているのも本当です」  眉をひそめて向けられた視線に、藤堂はまっすぐとした目ではっきりと言葉を紡いだ。その目に僕は思わず傍にある彼の手を強く握り締めた。そして逃げてはいけない、そう心に思った。

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