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第714話 夏日 35-2
眉をひそめていた詩織姉は藤堂の言葉に、少しムッとしたように口を引き結ぶ。明らかに不快をあらわにするその表情を見て、気づけば僕は大声を上げて二人のあいだに割り入っていた。
「詩織姉っ、藤堂を選んだのは僕だ。藤堂はいつだって僕の答えを待っていてくれた。僕が好きだって言ったんだよ。だから藤堂はなにも悪くないっ」
初めて会った時も、二度目に会った時も、受験の日も、まっすぐと告白してくれたあの時も、藤堂はいつだって僕に主導権を握らせた。どんな答えを出してもいいように、決して無理強いをするようなことはしなかった。いつだって藤堂は僕に道を選ばせてくれた。そして道を間違えて立ち尽くした時には、手を伸ばして僕を引き戻してくれた。
「……佐樹」
足を踏み出し、藤堂を背に庇うようにして前に出た僕を、詩織姉は息を飲んで驚いたような表情で見つめた。
「藤堂がいるから僕はいまここにいる。もし藤堂に会わなかったら五年前に僕は悲観してここから消えていたと思う。藤堂と再会しなければ僕は過去のことに蓋をして感情を殺したまま生きてたと思う。藤堂が好きだって言ってくれたから、僕はみのりのことも清算して、自分の弱さや愚かさにも気づいて前を向けた」
いつだって藤堂は絶妙なタイミングで僕の前に現れて、そして僕を救ってくれた。それは意図されたものではない。偶然が奇跡を何度も呼び起こしたのだ。いや、そんな偶然はもはやただ偶然のという言葉では片付けられない。その出会いを僕はいつしか必然だと感じた。運命なんてものは信じていなかったけれど、信じてもいいんじゃないかと思わせてくれた。
「だからって、よく考えても見なさいよっ。佐樹、あなたいまいくつ? 学校の先生をしている自覚ある? 相手はまだ高校生で、未成年で、男の子よ!」
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