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第715話 夏日 35-3

 怒鳴り声に近い声を上げて僕を諭す詩織姉の言葉は、正論過ぎるほど正論だ。怒りのためだろうか頬は少し赤く紅潮している。けれど僕をまっすぐに見るその目は微かに潤んで見えた。 「たとえ彼が学校を卒業して、成人したって、いまの世の中まだ理解は少ないってわかるでしょ。パートナーが同性であることは不利なのよっ。ましてやあなたは教育者なんだから、バレたら叩かれるに決まってる。免職にだってなるかもしれないっ」  怒ってはいるけれど本気で心配してくれているのはその声で、その目でひしひしと伝わってくる。それでも、姉を傷つけるとわかっても、僕はいま繋いでいる手を離す気にはなれなかった。 「覚悟はしてる。もしどちらかを選べと言われたら、僕は迷わず藤堂を選ぶ」  これは本心だ。藤堂との将来を考えた時に覚悟は決めた。僕が教師であることが藤堂の枷になるのならそんな枷や鎖は叩き壊してしまっていいと思った。もういい歳だし、すぐには新しい職にありつけるとは思っていないけれど、ありがたいことに結婚するまで実家暮らしをさせてもらえていた僕には、少なからず蓄えがある。もしそれでも駄目なら、いまのマンションを売り払ってもいい。築年数は経っているけれど、好立地なのでそんなに安くはならないだろう。 「僕の気持ちを理解してくれとは言わない。認めて欲しいとも言わない。でも藤堂を否定されたくない。僕は藤堂と別れるつもりはない」  はっきりと言い切った僕に詩織姉の目は大きく揺れて、浮かんだ涙がいまにもこぼれ落ちそうになる。そしてそれは静まり返っていた空間に乾いた音が響いた途端にぽろぽろとこぼれ落ちた。 「……」  突然頬に感じた衝撃に、一瞬頭がついていかなかった。それがゆっくり脳にたどり着いた時、ようやく左頬がジリジリと痛み出しそこが熱を帯びたように熱くなる。

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