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第716話 夏日 35-4
けれど手を振り上げ、それを打ち付けた本人が誰よりも傷ついているように見えて、僕は涙をこぼす詩織姉を見つめるしかできなかった。しかしそんな視線や静まった空間に耐え切れなかったのか、詩織姉は身を翻すと僕に背を向けてリビングから駆け出して行った。
とっさに追いかけようと身体が動くけれど、すっとソファから立ち上がった保さんがそんな僕を制してゆっくりと首を横に振る。
「大丈夫、俺が詩織と話をするから。いまはまだ戸惑ってるだけだよ。もちろん、僕も戸惑ってる。だから少しだけ時間をくれないかな」
「……保さん、すみません」
優しい姉と旦那さんを困らせて戸惑わせてしまった罪悪感が胸を過ぎる。けれどそれを払拭するかのように保さんは優しく微笑んだ。
「謝ることじゃないよ。大丈夫、大丈夫だよ。君のお姉さんは君の気持ちをないがしろにするような心の狭い人じゃない」
頭を下げた僕に小さく笑って、保さんはゆっくりとリビングを出て行き、詩織姉が駆け上がって行った階段の先へ姿を消した。その瞬間、ふっと足の力が抜ける。
「佐樹さんっ」
すとんと床にへたり込んだ僕の腕は、立っている藤堂の手にぶら下がってしまう形になった。それに慌てた藤堂が僕に合わせて片膝をついてしゃがみ込む。ぼんやりと目の前を見つめていた僕は、視界に入った藤堂の心配げな瞳を見て、思わず腕を伸ばして抱きついてしまった。
「藤堂ごめん。僕は弱くて、お前のことちゃんとわかってあげられていなくて、誤魔化そうとした」
「そんなことないですよ。佐樹さんはいつもまっすぐで優しくて、家族のこと傷つけたくなかったんでしょう? 俺はそんなあなたが好きです」
「そんなんじゃない、僕は狡い人間なんだ。ごめん、ごめんな」
優しく抱きしめ返してくれた藤堂の胸に頬を寄せると、そっと髪を撫で打たれた頬を手のひらで包むように触れてくれた。
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