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第717話 夏日 36-1
優しいぬくもりにこらえていたものが溢れ出した。姉の前で泣くのは卑怯だと思ってずっと我慢して、痛んでヒリヒリとしていた喉から嗚咽が漏れる。いつの間にかしゃくり上げるように泣き出した僕を、藤堂はただ黙って抱きしめてくれた。
家族を傷つけたくなかった。それはきっと心にあったかもしれないけれど、言葉にしてもらったことで狡い自分が救われた気分になった。
「誤魔化そうとしたのはよくないけど、はっきりと言い切ったあんたは偉いと思うわ。あんたは軽々しく物事を言葉にしないって家族なら誰しもわかってることだし、ちゃんと本気は伝わったわよ。それに、あんたがそうやって泣くの、初めて見たもの」
ずっと僕らのやり取りを黙って見ていた佳奈姉の声はひどく優しかった。そして空になったビール缶をゴミ箱に放り入れると、佳奈姉もまた静かにリビングを出て行く。
「優哉くん、おばさんの我がまま聞いてくれてありがとう。さっちゃんを泣かせてしまってごめんなさいね」
再び静まり返った空間に微かに震えた小さな声が響いた。そしてそれと共に細いけれども力強い腕が僕と藤堂を抱きしめる。
「でもさっちゃんがこうして自分の感情を家族にぶつけるのは初めてなの。いつも聞き分けのいい優しい子だったの。だから嘘をついて後悔して欲しくなかった。優哉くん、さっちゃんを好きになってくれてありがとう」
突然藤堂のことを切り出したあの瞬間は、一体なぜそんなことを言い出すのだろうと思った。けれど母は母なりに僕たちのことを考えていたのだ。時間をおいて考えてみれば、あのまま誤魔化して、下手に仲よくなったあとに真実を知らされていたら、お互いに傷つくのは目に見えていた。
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