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第719話 夏日 36-3

 藤堂をここに連れてきたのは重苦しい話をするためでも、悲しませるためでもない。彼を笑顔にしてあげたいからだ。彼が嫌いだと言っていた夏に、少しでも多く思い出を残してあげるために一緒に来た。 「それにしても優哉くんが未成年だったのは残念。一緒に酒盛りしてもらおうと思ってたのになぁ」 「あっ、もしかして昨日ビール買い込んでたの、そのためか?」  先ほどからダイニングテーブルに上半身預けてキッチンを見ていた佳奈姉を振り返ると、口を尖らせて何本目かも既にわからない缶ビールのプルタブを開けた。 「でも前に一緒に飲んだ時は強かったよねぇ」 「佳奈姉っ、駄目だからな。僕の目の前では成人するまで絶対飲ませないから」 「あんたが飲めたらまだよかったのにね」  ふっと重たいため息を吐かれて、なぜだかこちらが悪いことをした気分にさせられる。なぜか家族の中で僕だけが下戸なのだ。母は強くはないが父と一緒に晩酌しているところを何度か見かけたことがある。詩織姉もそこそこ飲めるし、保さんも強いほうだ。 「僕の見てない隙に飲ませるなよ」 「もう、口うるさいなぁ。わかってるわよ」  以前の飲酒は僕の注意不足だったが、今回はそうはいかない。飲酒自体は恐らく藤堂は何度も経験があるのだろうと思う。中学生の頃から夜遊びしていたわけだし、お酒を扱っている店に出入りしていたこともある。けれどそれは僕の目の届かない場所での話、いまそれをどうこう言うつもりは一切ない。しかしいまは目の前で起ころうとすることを見逃すわけにはいかないのだ。 「藤堂も駄目だからな」 「はい、わかってます」  ふて腐れた佳奈姉にため息を吐きつつ藤堂に向き直れば、なぜか嬉しそうに小さく笑われ、その隣で母も肩を揺らして笑っていた。

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