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第721話 夏日 37-1

 のんびりと和やかに食事を終えたあと、居間のソファで自然といつものようにくつろぎモードになった僕と佳奈姉をよそに、藤堂はなんの躊躇いもなくキッチンに立つ母の横で後片付けをし始める。そんな藤堂に母は嬉しそうに目を細めて笑っていた。そして僕はというと、ビール缶をまた片手にしている佳奈姉に、「いい旦那もらったわね」とにやにやした笑みを向けられ、恥ずかしさと照れくささでむず痒い気持ちにさせられていた。  誰に対しても気配りを忘れない藤堂は、僕には本当にもったいないくらいの出来た恋人だ。そしてそれを察して受け入れてくれる母にはなにより感謝している。 「佳奈姉はなにも思わないのか」  僕の周りは特別だと思う。周りがすんなりと受け止めて後押ししてくれる状況が続いて、母も覚悟を決めて受け入れてくれた。しかしこんな幸運なことはそうそうあるものではなく、詩織姉のようにうまく受け入れられずに拒否感を覚えるのが普通だ。そんな中、佳奈姉の反応はほかとは少し違うように感じた。 「んー、思わないわけじゃないけど。そういう恋愛もあるよねって感じ。周りが騒いだところで頑固なあんたの気持ちがそう簡単には変わるとは思わないし」 「佳奈姉ってそんなに大らかだったけ?」 「うっさいわね。人間色んなこと学習して生きるのよ」 「ふぅん、最近は彼氏とかは?」 「あんたに心配されなくてもあたしはうまくやってるわよ」  至極真面目に聞いたつもりだったが、佳奈姉は少し眉をひそめて口を尖らせると、手近にあった箱ティッシュを投げつけてきた。それほど勢いもなく飛んできたそれを受け止めながら、僕は不思議に思いつつ首を傾げる。そういえば佳奈姉の付き合う男の人はいつも似通ったタイプが多い。それが誰に似ているかと考えれば、思い当たるのは一人しかいなかった。 「佳奈姉って明良のこと好きだった?」 「……あんたのその他人事にばかり勘の鋭いとこ嫌だわ。昔よ、遠い昔。あたしの青春の一ページはほっといて」  いまでも顔を合わせれば仲のよさげな佳奈姉と明良。明良は僕が中学に入った時からの友達だったけれど、一体いつの間にそんなことになっていたのか。

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