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第724話 夏日 37-4
それからしばらくしてリビングに戻ってきた母と入れ違いに、僕たちは二階へ上がることにした。先にとりあえず藤堂に部屋へ行ってもらい、僕は飲み物などを調達してからあとを追うことにした。冷蔵庫を眺めて麦茶のボトルを小脇に抱え、グラスを二つ食器棚から取り出す。
食事をしたばかりだからつまみは必要ないなと、キッチンから出たところで詩織姉と保さんが階段を下りてリビングにやって来た。僕がいるのは思いがけなかったのか、一瞬だけ目を見開いて驚きをあらわにしたけれど、近くをすれ違った際に詩織姉は「ありがとう」と呟いた。そしてそんなその言葉に僕は心底ほっとした。
いますぐに心の整理はつかなくても、藤堂がここにいるあいだに気持ちが落ち着いてくれればいいなと思いながら、僕は足早に階段を駆け上がった。しかし急ぎ足で部屋の前まで来たが、ふとその足は扉の前で止まってしまった。部屋の中から微かに声が聞こえたからだ。
静かで喧騒のない場所だけれど、部屋の外まで漏れ聞こえてくるということは、それなりに声が大きいことが推測できる。細かいことにまで気にかけてくれる藤堂がそんなに大きな声で話を、恐らく電話をするということは通常ではあり得ない。もしその相手が思い浮かんだ人物ならば心配がよぎる。
「大丈夫かな」
ふと写真部の校外部活動の日を思い出し、心に重石が乗ったような気分になった。あの日の帰り、マンションについてから藤堂の携帯電話が着信を知らせた。二回ほど鳴ったそれは短い音だったのでメールだろうと思ったけれど、浮かない顔をして藤堂はその場をあとにした。それからしばらく待ってみても戻ってくる気配がなかったので、渉さんたちに別れを告げ藤堂のあとを僕は追った。
あの時も遠くからだったので話の内容までは耳に入らなかったけれど、電話で話す藤堂の様子から見てもあまりいい雰囲気でなかったのを覚えている。それに以前もかかってきた電話に出なかったり、何度も電話が鳴って深夜にかかってきたりしたこともあった。また家のことでなにかトラブルでもあったのだろうかと胸がざわめいてひどく心配になった。
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