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第725話 夏日 38-1

 扉の前でしばらくどうしたものかと考えあぐねていると、先ほどまで聞こえていた声が聞こえなくなっていることに気がついた。電話は済んだのだろうかと少し耳を澄ましてみたが、やはり声は聞こえなかった。 「いつまでもこうしていられないよな」  ずっとこうして部屋の前に立ち尽くしているわけにもいかないと、ようやく意を決して僕は扉を開いた。 「藤堂、待たせたな」  なんとなく白々しさを感じながらもそう言って部屋に足を踏み入れると、携帯電話を操作していたらしい藤堂が顔を上げた。 「電話?」 「えぇ、まあ。でも終わりました。ちょっとメールだけいいですか?」 「うん、いいけど」  曖昧に微笑んだ藤堂の表情に心配する気持ちが増してしまった。本人はいつものように笑ったつもりだろうが、その笑みの裏側が見えてきてしまうくらい僕たちは一緒にいる。彼は心の中にあるものを隠そうとするほど、ひどく綺麗に笑う。それは心の奥を覗かせない完璧な仮面だ。 「なんだかお前、顔色悪くないか?」 「えっ?」  しばらくメールを打つ横顔を見つめていたが、思わず思っていることが口からこぼれてしまった。そしてその問いかけに驚いた表情をして顔を上げた藤堂に、僕はつい口ごもってしまう。聞いていいのか、踏み込んでいいのか、まだその距離がわからない。お互いに口を閉ざし沈黙がしんとした空間を生む。  けれどふいに響いた空気を震わすような振動と音、そして室内を彩り鮮やかに照らす光が広がり、僕と藤堂はつられるように窓の外へ視線を向けた。 「花火始まったな」  その音と光に室内の時計に視線を移すとちょうど十九時だった。後ろ手に部屋の扉を閉めて部屋を横断し、麦茶のボトルとグラスを窓際近くにある机の上に置くと、僕はベッドに乗り上がり閉め切っていた窓を開けた。 「よいしょっと」 「え? 佐樹さん?」  麦茶やグラスのほかに手にしていたサンダルを窓から放り、なんの躊躇いもなく僕は窓枠を跨いで外に出る。

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