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第728話 夏日 38-4

 それはどうしたって藤堂のせいじゃない。それなのに痛い苦しい思いをするのはいつも藤堂だ。 「人によっては愛情は、執着だったり支配だったりすることもあるからな」 「えぇ、今年もまた夏になって少し荒れ始めたんですけど。よりによって出て行ったのと同じこの時期に父から離婚届が送られてきたんです。それでまた俺を養子に出すと言って聞かなくって。……今更俺がいなくなったところでもう元に戻れないのに、受け入れられない状態で手を焼いてます。いま父にはほかに女性がいて子供もいるですよ」  藤堂の母親は相手を支配することで欲求を満たす、それが歪んだ愛情のかたちだったのだろう。そしていままでは家を出て離れていても、まだ事実上は別れていないということで心のバランスを保っていた。けれど突然離婚を言い渡されたことで抑え込んでいた感情が爆発したのかもしれない。  いまはその矛先がすべて藤堂へと向かっている。思い通りにならない夫、他人に奪われるという焦り、その感情がいま藤堂を支配してねじ伏せ、歪んだ感情を保とうとしている。鳴り続ける携帯電話はきっとそのせいだ。  たまらなく胸が苦しくなった。握り締められた手を握り返して、そっと腕を絡ませ藤堂の肩に擦り寄ると、寄り添うように頭がそっと僕の肩に寄りかかる。その重みを感じて無性に近づきたくなり、藤堂の腕を抱きしめて目を閉じた。 「すみません。こんな時にこんな重たい話」 「いいんだ。謝ることなんてない。全部吐き出せるものは吐き出したほうがいい。藤堂はなにも悪くない」  こんなありふれた言葉しか言えない自分が歯痒い。もっと心ごと抱きしめてあげたい。それなのに藤堂は涙をこらえる僕に小さく笑って、優しく額に口づけを落としてくれた。 「ありがとう佐樹さん。誰かに、そう言ってもらいたかった」  寂しげな色が瞳の奥底に浮かぶこの愛おしくて仕方がない人を、どうかこれ以上誰も傷つけないで欲しいと、僕は心から願わずにいられない。

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