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第738話 夏日 41-2

「弟の喘ぎ声を聞く日が来るとは思わなかったわ。せめて窓閉めなさいよ」 「わーっ、忘れろっ」  ため息交じりに呟かれた言葉に被せる勢いで声を上げるが、佳奈姉は先ほどと変わらず目を細め憮然とした顔で僕を見ている。僕はといえば顔が尋常じゃないくらい熱くなって、湯気でも出るんじゃないかというほど動揺していた。それと共におぼろげだった昨日の夜の記憶がはっきりとしてきて、二重苦のようになってしまう。  触れ合うだけの行為ではあったけれど、半ば泣きながら声をこらえる僕を藤堂は煽るように時折性急にそして優しく触れた。その視線や指先を思い出すだけでもおかしな気分になりそうで、僕は大きく首を振ってその記憶を振り払った。そして昨夜窓を開け放していたことも思い出し、めまいが起きそうになる。  居間のようにエアコンがあるわけではなく、扇風機だけが回る室内では夜風のみが頼りだ。それは姉の部屋も同じことで、向こうも窓を開けて寝ていたのだろう。声を抑えていたつもりではあったし、藤堂も何度も口づけてくれていたけれど、静かな夜だ――聞こえないわけがない。 「その顔、水で洗ったらすっきりするんじゃない」 「うるさいっ」  肩をすくめた佳奈姉は、顔を火照らせうろたえる僕をよそにのんびりとした足取りで階段を下りていった。それと共に僕は熱くなった頬を両手で包み、大げさなほどに肩を落とした。心臓がうるさくてそれが身体中に広がって、身悶えるようにジタバタとしたい気分になる。とっさにその場にうずくまり頭を抱えてそれを落ち着かせると、自然と深いため息がもれた。なんだか自分は色々と軽率過ぎる。  今更感はすごくあるけれど、最近そんなことを思う回数が多いような気がした。本当に藤堂のこととなると周りが見えなくなることがある。もしも姉にあれを聞かれていたなんてことが藤堂にバレたら、そんなことを思っていたたまれない気持ちになった。下手に伝わって申し訳ないなどと思わせるのもなんだか嫌だ。  元はといえばあの時ぐずって我がままを言った僕が悪いのだから、藤堂が悪いわけではない。それに本当に嫌だったならばそう言葉にすればよかったわけだし、そもそも僕は嫌だとは思っていなかった。

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