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第739話 夏日 41-3
そうだ――嫌だと思っていなかったことが軽率過ぎた。
「はぁ」
しかしいつまでもこんなことをしているわけにもいかない。自分の意志の弱さを恨みながら、僕は立ち上がり階段のほうへと足を向けた。すると階段を一段下りたところで背後で扉が開く音が聞こえる。その音に振り返ると、少し慌てた様子で藤堂が部屋から顔を出した。
「あ、お……おは、よう」
少しどもって上擦った僕の声に藤堂は目を瞬かせ不思議そうに首を傾げた。けれどその理由を口にするのもいまは躊躇われてしまう。というよりも絶対に言えない気がする。佳奈姉が余計なことを言わないことを願うばかりだ。
「おはよう佐樹さん、どうしたんです?」
「ううん、なんでもない。一緒に下りる?」
「はい」
近づいてきた藤堂に顔を覗き込まれて、思いきり不自然に身体が反れてしまった。いまあまり顔を覗き込まれたくない。恥ずかしくてまだ頬が熱くて仕方がない。けれどそんな僕のことを気にしているのだろうが、あえて聞き出そうとはしない藤堂の配慮はありがたいと思った。その気持ちを返したくて、俯いたまま隣にある指先を小さく握ったら、少し驚いたように藤堂は振り向いたが、すぐに僕を見下ろしてふっと口元を緩めて笑う。
「あら、おはよう二人とも」
「おはよう」
「おはようございます」
一階に下りると朝食の支度をしている母が僕らに気づき微笑んだ。まだ詩織姉や保さんたちは下りてきていないようで、リビングには母しかいなかった。向かおうと思っていた洗面所は、恐らく先に行った佳奈姉がまだいるだろう。
しばらくリビングで時間を潰そうかとも考えたが、タイミングよく佳奈姉が洗面台のある脱衣所から出てくる。そして僕と藤堂に気づくとこちらを見つめてにやにやと唇を緩めて笑った。その笑みに嫌な予感しかしなかったが、いまはなにも言う気はないのかさっさとリビングへ入っていった。
「佐樹さん、眉間にしわ寄ってる」
「えっ」
ふいにそう言って藤堂は僕の顔を覗き込むと、指先で優しく撫でるように眉間に触れる。その感触に驚いて肩を跳ね上げたら、目を細めて小さく笑われた。よほど僕が驚いた顔をしたのだろう。また頬が熱くなって俯いたら、優しく手を握られた。
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