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第740話 夏日 42-1

 それから身支度を調え朝食を済ますと、僕と藤堂は川釣りに行くという保さんについて行った。普段から釣りが趣味の保さんは毎年実家から近い場所にある川で釣りをする。そして釣った魚はすぐに昼の食卓に焼き魚として並ぶことが多い。 「優哉くん釣りはしたことないのか」 「はい、いままで機会はなかったです」  保さんの隣でレクチャーを受けながら釣り竿を振るう藤堂を見つめ、僕は岩場に腰かけて足を川の水に浸してぼんやりとしていた。釣りは嫌いではないけれど、それよりもこうしてのんびりしているほうが性に合う。それに藤堂は意外と筋がいいのか、先ほどからいい引きを見せていた。  僕がしなくとも昼の食卓は潤うだろう。それにこうして藤堂が他人と交流を持っていくのを見ているのはなんとなく嬉しい。まだ今朝の詩織姉はぎこちなかったけれど、それでも一応全員で食卓を囲んだ。いまは少しずつ慣れて行ってくれればいい。  そして少しでも藤堂が笑ってくれればいい。僕の願いはそれだけだ。僕ができることはたかが知れている。それでも藤堂の居場所が増えたらいいなと思う。片平や三島も傍にいるし、いまでもきっとないわけではないと思うけれど。もっと藤堂が寄りかかれるように、たくさんの人に愛されて欲しい。 「そう、いまそこで引けば、うん、いいタイミング」  いまもこうして藤堂の笑顔を見ているだけで嬉しくなって頬が緩む。保さんが笑顔になるのにつられて藤堂も楽しげに笑みを浮かべ、水辺の光と優しくて和やかな雰囲気で周りが煌めいて見える。せっかくだからカメラでも持ってくればよかったと、二人の笑顔を見ながら思う。水場で濡らしても困ると持ってこなかったのを今更ながらに後悔した。  写真をたくさん残しておきたい。

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