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第762話 夏日 48-1

 花火を掲げる片平に目を丸くしていると、「早く早く」と彼女はリビングから続く縁側に行くなり僕たちを急かして手を招く。 「お庭に出るサンダルが足りないから、さっちゃんは玄関から持ってきてね」  片平の背を追い庭に下りた母は、バケツに水を溜めて庭の真ん中辺りにそれを置いた。待ちきれない様子の片平は手元の袋を開けて花火を取り出す。それを振り回してまた僕たちを呼ぶので、立ち尽くしている藤堂と三島の背中を押して僕は片平のほうへと促した。 「僕は表から回っていくから、先にそっちに行ってろ」 「あ、はい」  振り返った藤堂に笑みを返して、僕は玄関に回ると適当なサンダルをつっかけて外に出た。そして腰の高さほどある庭の門を開いてリビングのあるほうへと足を向ける。リビングの灯りがない場所では、しんとした夜の帳の中で夏の虫が鳴いていて田舎らしい雰囲気が広がっていた。  その静けさにつられてふと空を見上げたら、雲一つなく月がとても綺麗に見えた。けれどリビングの灯りのもとへ行けば、片平の笑い声と共にぱちぱちと花火が鮮やかに火花を散らす光景が見えてくる。静けさもいいけれど、この賑やかな笑い声や色鮮やかな光も夏のよさだなと思った。 「ちょっと待った! あっちゃん人に向けない」 「あずみ! 火が点いてるものを振り回すな」  賑やかな声を聞きながら縁側に腰かけると、母が冷えた麦茶を持ってきてくれた。 「さっちゃんは一緒にやらないの?」 「うーん、いまは見てるほうがいいや」 「そう」  僕の言葉に目を細めて笑った母は藤堂たちに優しい眼差しを向けた。その眼差しを見て僕も自然と笑みが浮かんだ。無邪気に笑っている藤堂を見るとほっとした気分になる。

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