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第778話 疑惑 4-1

 光の中へ歩いて行く渉さんの背中はなんだか頼もしく見えた。いままで仕事をしているところなんて見たことがなかったから、普段とは違う彼の姿はすごく新鮮だ。でもなんだか眩しく見えてしまうほど、遠くに行ってしまった感じもある。渉さんの世界は僕のいる平凡な世界とはやはり違うのだなと実感した。 「佐樹さんの前だとまるで借りてきた猫みたいだね」 「え?」  ずっとスタジオの入り口付近にいた戸塚さんのもとへ戻ると、開口一番に「驚いた」と言われ、至極楽しそうに笑われた。そして借りてきた猫という言葉に僕は大きく首を傾げてしまう。 「月島くんがあんなに素直で、幸せそうに笑ってるところ見たことないよ」 「え? そうなんですか」 「うん、普段はものすごく愛想笑いに近いかな。あんまり心の内を見せないんだよね。結構仕事中は眉間にしわ寄ってることも多いよ。まあ、人物を撮るのはあまり好きではないみたいだから、余計かもしれないけど。それがわかってて仕事を入れちゃう僕は本当にひどい奴だよね」  戸塚さんの視線の先を見つめるとそこには仕事に戻った渉さんの姿があった。確かに前を向く横顔には先ほどまでの柔らかな雰囲気も笑みもない。どちらかと言えば少し険しい顔だけれど、まっすぐと仕事に向き合っているのはよくわかる。 「渉さんは本当にできないことはできないと言うだろうから、いま仕事をしてるってことは、納得してやってるんだと思いますよ。慣れないことでプレッシャーとかが多いかもしれないけど」 「そうだね。月島くんはいつでもストイックな姿勢を崩さない。だから僕らがそれに甘えちゃってるんだよね」  少し困ったように笑いながら肩をすくめた戸塚さんの心情には、できれば無理をさせたくはないという気持ちがあるのだろう。けれどそれが彼の仕事なのだ。私的な感情だけでそれを覆すことはできない。

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