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第782話 疑惑 5-1

 好きとか愛してるっていうのは、柔らかくて甘いものを連想するけれど。きっと優しいだけじゃない。現に相愛同士で恋愛していても、すれ違いや傷つけ合いをしたり、嫉妬して喧嘩して気持ちをぶつけたりすることだってある。  それを踏まえてもしも、万一にも僕が渉さんを好きになったとして、付き合うことになったらどうなるか。きっと僕たち二人の恋愛はうまくいかないんじゃないかと思う。なぜなら彼は優しくて甘くて、いつだって僕を真綿で包み壊れモノのように大事にしてしまう。けれどそれではいつまで経ってもお互い対等な関係になりきれない気がする。甘く優しく甘受され、喧嘩をして泣いたり怒ったりすることもなさそうだ。  確かにすれ違いもなく傷つけ合うこともない関係は理想的かもしれない。そんな風になれたらどんなにいいかと思う。けれど波風のまったくない関係だけでは、心がいつまで経っても近づくことがないのではないか。奉仕する側とされる側、そんな関係になってしまいそうだ。  そこに愛情はあるかもしれないけれど、それは僕が望む愛ではない。僕はいつも隣で一緒に泣き笑い、苦しみや痛みを共有し、互いを支えあえる関係を恋人に望んでいる。そしてその相手はやはり僕には藤堂しか考えられない。  降り注ぐライトの光にも負けないくらいのオーラをまとってそこに立つ藤堂はいま、少しだけ別の世界にいるみたいで遠く感じる。それでも合間合間に入るメイク直しや衣装調整のたびにこちらを振り向いて、柔らかな眼差しをくれた。そのたびにいつもとは雰囲気の違う藤堂に胸を高鳴らせてしまう。そしてこの藤堂を様々な人が目にするのかと思うと少しばかり、心が締めつけられる思いもした。自分が撒いた種を今更になって後悔し始める。  こんなに格好いいなんて想定外過ぎて、安易に浮かれてしまった自分を恨みたくなる。けれど僕の目はずっと藤堂を追いかけそこから離せずにいた。 「二人とも今日だけなんてもったいないな。こんなに初回で撮影が止まらないのは珍しい。勘がいいんだね」 「そうなんですか?」

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