786 / 1096

第786話 疑惑 6-1

 渉さんが歩いていった先には喫煙室があるらしく、長い撮影の合間にもし煙草を吸うならと、スタッフの人が場所を教えてくれた。けれど僕は生憎と喫煙者ではないので、気持ちだけ受け取って聞き流していた。  いまどきは禁煙禁煙と言われるが、やはり根を詰める仕事は喫煙者は多いのかもしれない。普段渉さんは僕の目の前では吸わないが、待ち合わせていると煙草を吸っている横顔をよく目にする。たまに香りがすることもあるから、頻度は多いのだろう。 「すいません! 十五分くらい休憩になります!」  しんとしていた室内に声が響くと、全体に張り巡らされていた緩やかな緊張が解きほぐされ、少しだけその場にいる人たちの声も大きくなった。にわかにざわめき始めた中で、僕はふと時計を見上げる。午前十時頃に始まって、いまはもう十七時になろうとしていた。ただ見ているだけでも少し緊張するくらいだから、携わっている人たちはもっと糸を張っているのだろう。長い間その中で仕事をするのは、想像以上に大変そうだ。  先ほどまでの緊張感と、打ち解けたいまの空気の違いに思わず息をつく。プロの仕事というのは、やはり並大抵のことではないのだなと思った。 「佐樹さん」 「あ、藤堂、お疲れ様」  ふいに名前を呼ばれて振り返ると、先ほどまで遠くにいた藤堂がすぐ傍に立っていた。それに気づいて笑みを返したら、じっとこちらを見ていた藤堂にいきなり片手を取られて、無言のままそれを引っ張られてしまう。それに驚いて声を上げそうになるが、そんな隙もないほど足早に藤堂は出入り口を抜けて建物の廊下へと進んでいく。 「藤堂?」  どんどんと進んでいく背中に戸惑いを覚えて、少しばかり上擦った情けない声で呼びかけてしまった。けれど強く握られた手は離れることもなく、藤堂の歩みも止まることはない。

ともだちにシェアしよう!