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第796話 疑惑 8-3
しかしどちらにせよ、時間の問題という気がしてきた。
「よし、もう時間もだいぶ遅いし、そろそろ帰るか」
「おう、それはいいけど。そこの子泣きじじいはいいのか?」
「あ、藤堂?」
峰岸のからかうような声にちらりと横顔を見るが、しっかりと僕を抱きかかえ藤堂は頬に顔を寄せて甘えてくる。なだめすかすように腕を叩いたら、さらにぎゅっと力がこもった。すがりつくような力に少し驚いてしまう。急にどうしたのだろうか。
「これから佐樹さんの家に行きたいんですけど、駄目ですか」
「え、これから? うーん、さすがに時間も遅いし明日は平日だから駄目だ」
腕を持ち上げて時計を確認すれば、時刻はすでに二十一時半を回っていた。これから電車で移動して家に着く頃には二十二時半くらいになる。終電まで一時間くらいは一緒にいられるかもしれないが明日は平日だ、あまり遅い時間には帰したくない。
「じゃあ、家まで送りたいです」
「ここからだと藤堂の最寄り駅が遠回りになるだろ。今日はまっすぐ帰ったほうがいい」
駄々をこねるようにしがみついて離れない藤堂の腕をあやすみたいに叩くが、腕の力はなかなか緩みそうにない。けれど遠回りして帰ると乗り換えの関係で方向が完全に逆になってしまい、結局どちらにしても帰りが遅くなってしまう。心を鬼にして抱きしめる腕をなんとか解くと、僕は後ろに立つ藤堂を振り返った。
「そんな顔しても駄目だ」
拗ねてふて腐れた顔をする藤堂は子供っぽくて可愛い。つい甘やかしてしまいたくなるけれど、ここで許してしまうとのちのちよくない気がする。甘やかす癖がついてしまいそうだ。それでなくともたまにこぼす藤堂の我がままには弱いというのに、これ以上になってしまったらなんでも受け入れたくなってしまう。
「今日は帰ろう」
少し語気を強めてじっと藤堂の目を見つめると、僕の気持ちを察したのか、藤堂はふっと息を吐いて小さく頷いた。
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