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第798話 疑惑 9-1
ホームに響いたアナウンスにふいに顔を持ち上げた瞬間だった。まわりで大きなざわめきが広がり、なにごとかと首をめぐらそうとした途端に、背中を強い力で押された。それに気づいて足を踏ん張ろうと思ったけれど、気の抜けていた身体はとっさの動きには対応しきれず前のめりになる。
「危ない!」
誰かがそう声を上げたのが耳に届き、手にしていた僕の携帯電話が線路に落ちて鈍い音を立て転がったのがわかった。そしてそれと同時か、電車が警笛を鳴らし滑り込んでくる。
それは一瞬の出来事だったけれど、時間がコマ送りのような錯覚がして、目の前を電車が通り過ぎるまで息が止まっていた気がした。
「いまの絶対わざとだったよね」
「怖ーい、駅員さんいないの」
「大丈夫ですか?」
瞬きを繰り返して息をつくと、ざわめきが一斉に耳に届き始める。とっさに隣の人が腕を掴んでくれたおかげで線路に転落するのは回避された。見た目よりも僕は体重が軽いので、同じくらいの背格好の人でも勢いよくぶつかられると予想以上に身体がよろめく。僕の背中を押した人もそれに驚いたのか、一瞬躊躇ったような気がした。
なんにせよ、線路に転落したり電車に衝突したりすることがなくて本当によかったと、耳元で聞こえる心音に安堵する。
しばらく呆然としてしまっていた僕は、駅員にホームのベンチを勧められそこで息をついた。手元に戻ってきた携帯電話は電車に接触することはなかったようだが、落ちた衝撃で画面が割れてしまっている。黒い画面に戸惑いながら唯一無事なキーを押してみたが、電源は完全に落ちてしまっているようだ。せめて電源が入るかどうかだけでも確かめたかったけれど、下手に触ってデータまで損傷することになっては困るので操作するのを思い直した。
まだ心臓はどくどくと音を立てている。
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