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第802話 疑惑 10-1

 電車に乗る頃には落ち着きを取り戻したつもりだったけれど、僕は大事なことを忘れていた。そのことに気づいたのは一夜明け、学校に出勤してからだった。いつものように職員室に顔を出してから準備室に向かい、渡り廊下にたどり着いたところで僕は首を傾げた。廊下の先、準備室の前に座り込んでいる生徒がいる。片膝を立て顔は俯けていたが、それが誰なのかすぐに気がついた。けれどまだほとんどの生徒が登校していない早朝、まさかそこにいるとは思いもよらず僕の鼓動は少し音を早めてしまう。そして慌てて傍に駆け寄って、僕は膝をつくと下を向いている顔を覗き込んだ。 「藤堂?」 「……佐樹、さん?」  閉じられていたまぶたが僕の声で震え、ゆっくりと持ち上げられる。何度か目を瞬かせて藤堂はゆっくりと顔を持ち上げた。そして視線が合った途端に腕を掴まれ抱き寄せられる。突然のことに構える間もなく、僕の身体は藤堂の腕の中に閉じ込められた。 「ちょ、待った藤堂」  慌てる僕をよそに藤堂の腕は力強くて、簡単に抜け出せそうにはなかった。それどころか僕が身をよじらせるほどに抱きしめる力は強くなる。 「よかった」 「え?」 「なにかあったんじゃないかって心配してました」 「あ、悪い。連絡、してなかった」  顔を寄せて頬にすり寄る藤堂は安堵したように息を吐く。そんな藤堂の言葉に僕はやっと大事なことを思い出した。昨日帰ったら連絡すると言っていたのに、僕はそれをしないまま眠りについてしまったのだ。落ち着いたつもりでいたけれど、緊張はほぐれていなかったのかもしれない。それとも気が抜け過ぎたのだろうか。 「えっと、藤堂、とりあえず中に入って話そう」  まだ登校してくる生徒が少ないとはいえ、いないわけではない。中二階の踊り場からここはまっすぐで、誰かが通ったらすぐに気づかれてしまう。

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